Harrison Island ~HKT若田部遥応援ブログ~ 

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吉田拓郎

拝啓、我が父へ 吉田拓郎「おやじの唄」

ご無沙汰しております

実は今月の1日、
男手ひとつで私を育ててくれた私の父が亡くなりました
62歳、肝臓を患い、最期は肺炎でした 

12年前のGW、母が出て行った玄関をずっと見ながら
父が当時7歳の私の手を強く握り
「これからは2人で一緒に頑張っていこうな」
「どんな時も俺がお前を守ってやるからな」

どこか覚悟を決めたような力強い声で
私に声をかけてくれたのを今でも覚えています 

『俺はお前のためなら何でもやってやる』 
そういつも言っていた父はその言葉通りに
いつも私のことを考えてくれて、そして守ってくれました 

ある時は「寂しいといけないから」と色んな所へ連れて行ってくれたり
一緒に釣りに行ったり
またある時は私をいじめていた同級生のところに
怒鳴り込みに行ったり(今考えるとこれはけっこうヤバい事ですね 苦笑)
挨拶や礼儀、言葉遣いに厳しく
手を挙げられてのモーレツ教育もそりゃあ数えきれないほどありました(苦笑)
でもそのおかげで言葉遣いも挨拶も
(周りの皆さんがおっしゃるには)出来るようになったので
それもまたいい思い出です 
何より愛のある鉄拳教育でした
私が悲しいときは一緒に泣き、嬉しいときはともに笑ってくれました
去年の3月、私が大学に合格した時
電話口で「よかったな!!おめでとう!!!」
少し涙もにじんだような声で喜んでくれたのを覚えています

父は色んなことを教えてくれました
箸の持ち方、自転車やなわとび、クルマの仕組みや歴史や雑学
ここでは書けないことまで…(苦笑)
そして何より私に音楽を教えてくれました
十代にリアルタイムでビートルズに熱狂し
(ストーンズのコピーバンドでドラマーとして活躍もしてました)
吉田拓郎を愛しジャズをたしなみ、クラシックも聴く人でした
今の私の音楽の嗜好はほとんど父の影響です
 
ここ数年は本当に苦労の連続でした
私も大学受験や父に反抗したりして父を悩ませてしまっていました
しかし父はどんな困難にも苦しみにも、そして私にも
真正面から向き合い、戦い、そして戦い抜きました
父は強い人でした
見ているこちらがやるせないほどに精一杯でした
そして私に「生きる」ということをその身を持って教えてくれました 

 
病院から「意識が無くなった」「心停止した」と連絡をもらって
私は病院へ駆けつけました
そして心臓マッサージを受ける父を見ました
心停止からすでに20分…
もう蘇生の可能性はほとんどないと医師に言われ
私は覚悟を決めマッサージを止めてくれと言いました
そして父の手を握り必死に話しかけました
「もう苦しまんでええからの」「今までありがとう、ありがとう!」
すると、止まっていた心臓がほんの少しだけ動いたのです
そして1分間ほど最後の力を振り絞ったかのように動いたのです
後に医師が私に教えてくれました
「心停止になってからどれだけ強心剤を打っても全く動くことのない心臓が
息子さんが駆けつけ話しかけて初めて動いた」
と…
父は最後まで私のために頑張ってくれました

生前、父が常々私に話していたことがあります 
「『ありがとう』と『ごめんなさい』が言えれば人間生きていける」 
62年間、常に何かと苦労をし続けてきた父の感じた人生の教訓だったのかもしれません 
しかし、何度もこの言葉を聞かされてきたのにもかかわらず
私は最後までこれを父に対して実践することが出来ませんでした 
ですからここで言わせてください

お父さん、今まで苦労を掛け続けてきて
そして何一つ恩返しが出来なくてごめんなさい
そして19年間、私を守ってくれて、
ここまで立派に育ててくれて
本当に、本当にありがとう!! 


 父と一緒に行った昔なじみの飲み屋で
(父は飲みに行くのにもいつも私を一緒に連れて行ってくれました)
父がふと「『おやじの唄』ってのがあってな…」と言い出したことがありました
当時10歳くらいの私はそんな歌は知らなかったのですが
なぜか、なぜか心の片隅にずっと残っていました

そして大学に入ってすぐのころ
また飲み屋に一緒に行ってカラオケで拓郎を歌った時
出来上がった父がまた「お前、『おやじの唄』って歌えるか?」と尋ねてきたのです
当然私はもう知っていましたが、歌の内容が内容だったので
「…ちょっとわからないなぁ…」と嘘をついてごまかしてしまいました

父が亡くなった今、この歌が身に沁みます
これまでただの1つの「歌」だったこの歌が
今は色の施されたプラモデルのごとく
物語を持ち、自ら語りだす「命」を持ったように感じます

父は、まさにこの歌の通りの『おやじ』でした
最後に父にこの歌を捧げたいと思います
吉田拓郎『おやじの唄』 



おやじが全てだなんて言いませんよ
僕一人でやったことだって たくさんありましたよ
1つだけ言ってみたいのは
おやじが人を疑うことを教えてくれたこと
おやじは悲しいくらいに 強い人でしたよ

おやじが全てだなんて言いませんよ
僕一人でやったことだって たくさんありましたよ
1つだけ言ってみたいのは
おやじが人を裏切ることを教えてくれたこと
おやじは泣きたいくらいに ひどい人でしたよ

おやじが全てだなんて言いませんよ
僕一人でやったことだって たくさんありましたよ
1つだけ言ってみたいのは
おやじが人を愛することを教えてくれたこと
おやじはみじめなくらいに 一人ぼっちでしたよ 

おやじが全てだなんて言いませんよ
僕一人でやったことだって たくさんありましたよ
1つだけ言ってみたいのは
おやじが生きるということを教えてくれたこと 
おやじはやるせないくらいに精一杯でしたよ 

おやじが全てだなんて言いませんよ
誰だって一人で出来ることくらいありますよね
1つだけ言ってみたいのは 
おやじがいつもの口癖通りに生き抜いて見せたこと
おやじは誰にも見られずに 死んでいきましたよ

おやじが全てだなんて言いませんよ
だけどおやじもやっぱり人間でしたよ
死んでやっと僕の胸を熱くさせましたよ
死んでやっと僕の胸を熱くさせてくれましたよ



これから何回かにわたって父の思い出の歌を紹介していきたいと思います

自己紹介(好きな音楽編2)

前回は好きな洋楽について書きましたが今度は邦楽編。

一番好きなのはサカナクション! 
サカナクション kikUUiki

ちょうど「kikUUiki」が出たあたりから聴きはじめました
初めて興味を持った理由が
「フロントマン(山口一郎さん、真ん中)がビートルズが持っていたリッケンバッカーをもってたから」
っていう 自分でもよくわからない理由でしたが(苦笑)
今ではビートルズと並んで聴きまくっていますw

で、その次に好きなのが吉田拓郎 
「誰やねん!!!」というツッコミのためにざっくりと説明しますと(笑)
70年代にデビューし、日本の音楽に色々と
革命を起こした日本での元祖「シンガーソングライター」です 
これも父の影響によるものです 

どちらもやっぱり詞に魅力を感じました
ティーンエイジってこともあってか
だいぶ心に刺さった歌詞もたくさんあったので…

あとよく聴いているのはYMO、これはクラフトワークの影響ですね(笑)
 最近の邦楽でよく聴くのは
フジファブリックとかASIAN KUNG-FU GENERATIONとかですね
どちらもまだ有名どころしか聴いてない程度ですがw 

そして48G、特にHKT48が好きです
これについてはまた改めて書きたいと思います

こういう風に好きな音楽まで雑多ですw
「ロック好きなのにアイドル好きって何なんだよそれ!」
と言われるかもしれませんが
でもどれも好きなんだから仕方がないw


 
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